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浪漫飛行の季節①
大学生になって初めてカラオケに行った時、不思議な気持ちになった。それまでの人生、少なくとも私にとっての青春とは、恋愛よりも受験だった。数学の問題集を開き、英単語帳をめくり、模擬試験の判定に一喜一憂する。浪人生活まで含めれば、青春のかなりの部分を「正解のある世界」で過ごしていたことになる。だから大学に入れば、長いトンネルを抜けて、何か明るく自由な世界が待っているのだろうと思っていた。確かに自由だった。しかし、そこで私が見たものは想像していたものとは少し違った。
みんな、歌うのである。
そして歌っていることの多くが、愛だの恋だの、なのである。会いたい。好き。忘れられない。抱きしめたい。あなたしかいない。そんなことを、男子も女子も、次々と歌う。
普段は講義室で「おう」とか「じゃあ学食行く?」とか言っている人間が、マイクを握った途端、命を懸けて誰かを愛し始めるのである。なんだ?これは?人間とは、そんなに愛に生きている生物だったのか。そして、さらに困ったことがあった。
女子が愛や恋の歌を歌う。薄暗い部屋で、マイクを持って、「あなたが好き」的なことを歌う。すると私は、惚れそうになるのである。ものすごく簡単に。これはまずい。いくらなんでもまずい。その歌は私に向けて歌われているのではない。当たり前である。作詞家が書いた歌詞である。彼女は予約番号を入力して、その曲を選んだだけである。なのに心は、「もしかして……」などと動き始める。
もしかしない!私は必死に自分へ言い聞かせた。そして妙な理屈を考えた。ここで惚れてしまうことは、おそらくこの世で最も安直なことである。女子が恋の歌を歌うたびに男子が惚れ、男子が愛の歌を歌うたびに女子が惚れていたら、社会は一晩で崩壊する。だから皆は知っているのだ。歌は歌。現実は現実。そこでいちいち惚れないという暗黙の了解によって、この世界はかろうじて均衡を保っている。たぶんそうだ。きっとそうだ。では、すぐ惚れそうになる私は何なのだ?異常なのか。私は激しく狼狽した。恋愛経験がないことよりも、恋愛というものに対する自分の反応が、どうも世間の標準から大きく外れているのではないかということが怖かった。みんなはどうやって、こんな危険な場所を平然と歩いているのだろう。好きになりそうになって、ならない。勘違いしそうになって、しない。誰かに心を動かされても、それを適切な場所に戻して、翌朝には普通の顔で「おはよう」と言う。そんな高度なことが、人間にはできるらしい。当時の自分にとってそれは驚異という他なかった。
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