神|新清洲駅の歯科・歯医者なら、岡崎歯科

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街中で突然、「あなたは神を信じますか?」と聞かれたことがあります。私は子どもの頃から、この質問が少し苦手でした。いや、急にそんな深いこと聞くの?こちらは今、買い物か何かの途中なんですけど、と思ってしまうのです。今でも、「神様がいるか、いないか」と聞かれて、迷いなく答えられるわけではありません。ただ、歯科医師として長く人の身体を見ていると、ときどき「神」という言葉を考えることがあります。人の身体は、本当に複雑です。一本の歯が悪くなったことで噛み方が変わり、顎がずれ、筋肉に負担がかかることがあります。反対に、長年の噛み方の癖や生活習慣が、何年もかけて一本の歯を傷めていることもあります。私たちは、それをできるだけ科学的に考えます。レントゲンを見て、噛み合わせを見て、歯ぐきを見て、筋肉を触り、これまでの経過を聞く。「なんとなく、こうでしょう」では困りますよね。皆さんに取って救いになる歯科医師でいたいと当然思っています。医学的根拠を集めて、身体の中で何が起きているのかを考えます。ところが、不思議なもので、詳しく見れば見るほど、「人の身体って、そんなに簡単ではないな」と思わされます。勉強すればするほど、全部が分かるようになる。できれば、そうであってほしい。しかし実際には、分かることが増えるほど、分からないことの大きさにも気づいていきます。私は、その感覚のどこかに「神」という言葉を感じています。もちろん、「神様、今日の治療をどうかうまくいかせてください」とお願いすれば、勝手に歯が治ってくれるはずもありません。それならどんなに良いことか。そうではなく、自分は何でも知っているわけではない。身体は、自分の考えよりずっと大きく、複雑である。だから、思い込みで治療しない。分からないことは調べる。必要なら他の先生に相談する。患者さんの話を、もう一度聞く。そして、自分の判断が違っていたと思えば修正する、そういう姿勢を忘れないための「大きな何か」。私にとって神とは、そんなものなのかもしれません。歯科医師は、時々何でも分かっているような顔をしているかもしれません。白衣を着て、もっともらしく説明しますから。でも実際には、診療が終わったあと、「あの治療で本当によかったかな」「もう少し別の方法もあったかな」と必ず考えています。これは頼りない話に聞こえるかもしれません。でも私は、その迷いを失いたくないと思っています。「自分は神ではない」と知っていることは、医療をするうえで、とても大切なことだと思うからです。自分より大きなものを前にして、できる限り考える。できる限り学ぶ。一人で分からなければ、誰かの力を借りる。そして、目の前の患者さんに誠実であろうとする。その姿勢そのものの中に、私は少しだけ「神」を感じています。

院長 岡崎伸一