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でしょ〜、だから言ってやったわよ〜私も〜③
あのおばさんたちは、その帰り道を知っていたのかもしれない。「まあ、なるようにしかならんでしょ」それは投げやりな言葉ではなく、世界を自分の思いどおりにできないことを知る者の、静かな知恵だったのではないか。何もかも自分で背負う必要はない。何もかも自分の責任にする必要もない。言うべきことは言った。あとは、なるようにしかならない。そして夕飯を作る。私はその潔さに、今さらながら心を動かされる。
考えてみれば、あのおばさんたちは私に何かを教えようとしていたわけではない。ただ、そこで暮らしていただけである。しかし、半世紀近くの時を経て、私の中にあの声が蘇る。子供の頃には言葉にできなかった、あの頼もしさの正体が、少しだけわかるような気がする。
人間は立派な思想を持たなくても、人生を引き受けることができる。そして、人生を引き受けるとは、決して神妙な顔で耐え忍ぶことばかりではない。時には大声で笑い、誰かに文句を言い、どうにもならない現実には肩をすくめる。自分の弱さも、世の中の理不尽さも、まとめて暮らしの中に放り込んでしまう。そんな生き方が、確かにあった。
あの時代の不自由さを懐かしむつもりはない。ただ、あの不自由な時代の中に確かに存在していた自由を、私は忘れたくない。自由とは、何ものにも縛られないことだけをいうのではない。縛られながらも、なお自分の人生を生きることができる。その余地にも、自由は宿る。昭和50年の名古屋の下町。道端のおばさんたちの笑い声。
「でしょ〜、だから言ってやったわよ〜、私も〜」あの声の中に、人生の哲学があった。いや、哲学などという言葉を持ち出したら、きっと笑われるだろう。「何を難しいこと言っとるの。そんなもん、なるようにしかならんがね」そうだねえ。本当に、そうだねえ。
それにしても、あのおばさんたちは一体、誰に何を言ってやっていたのだろう。
半世紀近く経っても、その謎だけは解けない。ただ、一つだけ確かなことがある。
あの人たちは、誰かに言ってやったつもりだったのだろうが、実は私にも、ずいぶん大切なことを言い残してくれていたのである。
院長 岡崎伸一
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