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「出ていってくれ」と言われ、出ていったあの日
高校の近くに高橋飯店という町中華があった。そこの「スタミナラーメン」が「凄い」という噂を聞いたことがあった。昼休み、高校生が町中華に行ってよいのか。今なら学校ごとに規則も違うだろうし、保護者から様々な意見も出るだろう。しかし当時の母校には独特の空気があった。「良いか悪いか自ら考えよ。」「自ら確信的に答えを出せ。」「出したからには堂々と説明せよ。」そんな気風だったように思う。もちろん教師がそう明文化していたわけではない。だが、生徒たちは勝手にそう解釈していた。そして往々にして、自分に都合よく解釈していた。その日、私と友人Kはどうしてもスタミナを必要としていた。なぜ必要だったのかは覚えていない。試験前だったのか。部活で疲れていたのか。人生に疲れていたのか。そこは定かではない。ただ一つ確かなことは、「今日はスタミナをつけなければならない。」という強い使命感を抱いていたことである。我々は高橋飯店へ向かった。そして噂のスタミナラーメンを注文した。運ばれてきた丼を見て軽くひるんだ。ニンニク、ニンニク、ニンニク。もはやトッピングではない。主語である。ラーメンの上に夥しい量のニンニクが鎮座していた。しかし使命を帯びた青年はひるまない。食らいついた。食べた。すすった。汗をかいた。スタミナがついた。間違いなくついた。我々は満足して教室へ戻った。問題はそこからだった。午後の授業開始とともに異変が起きた。周囲がざわつき始めたのである。何かがおかしい。いや、何かではない。原因は明白だった。我々だった。教室に広がる圧倒的ニンニク臭。スタミナラーメンの余韻は、想像をはるかに超える破壊力を有していた。我々は気づかぬうちに化学兵器の運搬者となっていた。教師より先に反応したのは同級生たちだった。同志であるはずの仲間たちが立ち上がった。「お前ら何食ってきた。」「くさい。」「勉強に集中できん。」次々と飛ぶ糾弾。自由を愛する校風のもとに集った若者たちは、同時に共同体の秩序も愛していたのである。その姿勢には学ぶべきものがあった。そして立場を忘れてその姿勢に感動した。彼らは単に不快を訴えていたのではない。学問の府における学習環境の保全を求めていたのだ。彼らの切実な「出ていってくれ」に私とKはしっかりと頷いた。当たり前のこと、それは本当に大切、切実なほど大切、と痛感した。私たちはスタミナを求めた。しかし他者への影響についての想像力が欠けていた。自由には責任が伴う。そんなことを学んだ気がする。いや、たぶん、その時点では学んでいなかった。当時はただ、「しまった。」と思っただけであった。それでもあの日以来、私はニンニクを食べるたびに思い出す。高橋飯店のスタミナラーメン。若さゆえの確信。若さゆえの浅慮。そして、学問の尊さを守るため、ニンニクまみれの二人を厳しく糾弾した同志たちの仲間ゆえの純然たる想い、嗚呼、未熟過ぎて、でも真っ直ぐだった日々よ、フォーエバー。
院長 岡崎伸一
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