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レッツゴ分岐点
三女は大学2年生、19歳。先日、一緒に近所のスーパーへ卵とパンを買いに行った。駐車場に車を止め、「さあ行こうか」と私が口を開く。「レッツ──」その瞬間だった。親子二人、まるで何年も練習してきたコンビのように、「ゴリラ」と見事にハモった。一瞬、お互いに身じろいだ。もちろん打ち合わせなどない。そもそも「レッツゴリラ」は日常会話でも何でもない。半年に一度、思い出したように口から飛び出す程度である。普段なら、「レッツごま塩。」あるいは、「レッツ後醍醐天皇。」そんな意味不明な分岐はいくらでもある。それなのに、その日、その瞬間だけは、二人とも寸分違わず「ゴリラ」を選んだ。私は思わず言った。「これは……親子の絆じゃない?」娘はおそらく中学校時代なら「キモっ」と言っていたはずが、笑って、「きっとそう。」と言った。それだけだった。でも、その「きっとそう」が、妙に胸に残った。
親というものは、子どもが生まれた日から、何かを伝えようとし続ける。人には優しくしよう。困っている人がいたら声をかけよう。自分の頭で考えよう。ありがとうと、ごめんなさいは惜しまないようにしよう。そんなことを、言葉で伝えたり、背中で伝えようとしたり、失敗しながら伝えたりする。本当に伝わったのかどうかは、親には最後までよくわからない。しかしあの日、一つだけ確信したことがある。
「レッツ」の続きを「ゴリラ」にする感覚だけは、見事に伝わっていた。19年間、間違っていなかった。
……いや、たぶん何かが間違っている。
でも、こういう「どうでもいいこと」を一緒に笑える関係は、案外、どうでもよくない。親子は、同じ価値観になる必要はない。同じ人生を歩く必要もない。やがて子どもは、自分だけの世界へ進んでいく。それでいい。
ただ、ときどき思い出したように、「レッツ」の次に「ゴリラ」が浮かぶ。そんな目に見えない共通言語が、心のどこかに残っていてくれたら、それだけで十分なのかもしれない。スーパーで買った卵もパンも、もう残っていない。
しかしあの日の「ゴリラ」は、親としての十九年間に、小さな花丸を一つ付けてくれた、ような、気がした。
院長 岡崎伸一
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