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想像力の防波堤 2
思えば、戦争も同じなのかもしれない。国家という巨大な存在になると、人は急に“感情”を忘れる。安全保障。抑止力。国益。地政学。もちろん、どれも必要な言葉だ。現実から目を逸らしてはならない。しかし、そこからこぼれ落ちるものがある。
「舐めやがって」
実は国家同士も、ときにそんな感情で壊れていく。侮辱された。包囲された。軽んじられた。
存在を脅かされた。その感情が増幅され、恐怖と結びつき、巨大な暴力へ変わる。戦争を防ぐために必要なのは、単なる軍事力だけではない。そんな中で想像力は欠かせない。相手が何を恐れているか。何に屈辱を感じるか。どこまで追い詰められているか。こちらの言葉がどう受け取られるか。それを考え続ける力。
そしてもう一つ。爆撃された街で、子どもがどんな顔をするのか。焼け跡で母親が何を探すのか。空腹と恐怖の中で、人間の精神がどのように壊れていくのか。戦争を知らない私たちは、本当はそこまで想像しなければならないのだと思う。
昭和一桁生まれの父母は言っていた。「戦争は経験したことのない人には想像もつかない悲惨なことだ」「戦争放棄は日本の誇りだ」と。今、その言葉を声高に言えば、甘い理想論だと言われるかもしれない。しかし私は、むしろ逆だと思えてならない。戦争放棄とは、“戦争をしないで済む世界をどう維持するか”を、考え続ける覚悟のことなのではないか。それは決して無防備になることではない。現実を見ないことでもない。むしろ、最悪の現実を想像し続けることだ。人間がどこまで壊れるか。憎悪がどこまで連鎖するか。暴力が始まった時、どれだけ多くの「普通の人生」が消えるのか。それを忘れないこと。想像力とは、優しさだけではない。破滅を直視する力でもある。
私は下町で、人間の感情の恐ろしさ、そして尊さと隣り合わせに日々を過ごした。だからこそ思う。国というものもまた、人間が作っている。ならば最後に必要なのは、人間を舐めないことなのだろう。
院長 岡崎伸一
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