中島みゆきのオールナイトニッポン|新清洲駅の歯科・歯医者なら、岡崎歯科

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中島みゆきのオールナイトニッポン

「捨てるほどの愛でいいから」という曲があり、自分を保てないほど、崩れそうなほど愛されたいと願う曲の終わり、声も震え震え、もう声も出なくなってしまう。中学生の私は、そこを聴くたびに胸の奥をつかまれた。

ところが、その人が深夜ラジオに出ると、ゲラゲラ笑っている。

中島みゆきのオールナイトニッポン。なんだこの人は、と思った。人間の心の底に降りていって、暗く湿ったところを容赦なく抉るような歌を歌う人が、数時間後にはくだらない話で豪快に笑っている。その落差が、私にはものすごく不思議だった。そして、なぜか安心した。学校という場所には、いじめもあった。妬みもあった。成績がいいとか悪いとか、足が速いとか遅いとか、喧嘩が強いとか、女子に人気があるとか。今思えば小さな世界なのだが、その中にいる十五歳にとっては、どれも世界の全部だった。自分ではどうにもできない物差しで、人間の価値が決められていくように思えることがあった。そんな夜、ラジオから中島みゆきの笑い声が聞こえてくる。

そして時折、リスナーから届く深刻な悩みを読むと、急に静かになる。茶化さない。説教もしない。簡単に「頑張れ」とも言わない。その人がいま立っている場所をちゃんと見つけて、そこに届く言葉を探しているように聞こえた。優しかった。

私は勝手に思った。こういう大人になるべきなのだ、と。

明るい人間になることでもない。
深刻な人間になることでもない。

腹の底から笑えることと、人の悲しみの底まで想像できること。

その二つは、矛盾しない。

むしろ、その両方を持っていることこそ、人間という生き物の奥行きなのではないか。

十五歳の私は、中島みゆきを聴きながら、そんなことをまだ言葉にもできずに感じていた。そして四十年以上たった今も、おそらく私は、あの夜のラジオから聞こえてきた大人の姿を、どこかで追いかけている。

院長 岡崎伸一