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カレーめんスピードスターの栄光と凋落
自己肯定感という言葉を聞くたびに、なぜか私は小学校の給食を思い出す。メニューは「カレーめん」。ソフト麺の入ったビニール袋を破り、カレーの器に投入して食べる、あれである。なぜそう思ったかわからないが私には壮大な目標があった。「クラスで一番早く食べ終わる。」誰に頼まれたわけでもない。賞状がもらえるわけでもない。通知表に書かれるわけでもない。しかし当時の私にとって、それは人生を左右するほど重要なミッションだった。配膳が終わる。先生が「いただきます」と言った瞬間ソフト麺の袋を破り、麺をカレーに突っ込み、口に流す。4秒。たぶん4秒。体感では2秒だった。周囲がまだ袋と格闘している。「えっ!」「もう食べた!」そんな声が聞こえた。その瞬間、胸の奥に、ぞぞぞぞぞ、と何かが広がった。
ああ、もしかすると。もしかすると私は。みんなに認めてもらえたのかもしれない!勉強も人並み。運動は人並み以下。背も小さい。そんな私にも、ついに輝く場所が見つかった。カレーめん。ここだ。私の戦場はここだった。次のカレーめん日も空前絶後の意気込みで挑み王座をキープ。多少服に飛ぼうが机が汚れようが構わない。勝つことが全て、いや、正確には、認められることが大事だった。しかし栄光は長く続かない。3回目だっただろうか。誰かが言った。「オッカン、汚いだけじゃん。」すると周囲が笑った。「ああ、たしかに。」「そうだそうだ。」あっという間だった。王朝は崩壊した。カレーめん界の英雄は失脚し、その栄光の歴史は幕を閉じた。今振り返ると、あの時の私は、間違いなく自己肯定感を得ていた。しかしその根拠は極めて脆かった。周囲の驚き、周囲の評価、周囲の反応。それらが消えた瞬間、自信も一緒に消えた。大人として今、思う。他人からの承認は嬉しい。それは間違いない。褒められれば嬉しいし、認められれば力になる。しかし、それだけを土台にすると苦しい。なぜなら世間は飽きる。どんな記録も更新される。どんな人気者も新しい人気者に置き換わる。カレーめん最速記録保持者も短期間で凋落した。では何を拠り所に生きればいいのか。56歳の今の私は、「自分が面白がれるかどうか」が大事なのではないかと思う。あの日の私は一番になりたかった。今の私は、その話をこうして思い出して笑っている。どちらが豊かかと言われれば、案外後者かもしれない。栄光は消えた。記録も残っていない。表彰状もない。だが、あの日必死にソフト麺をカレーへ突っ込んでいた少年は、今も心の中で元気に生きている。そして時々こう教えてくれる。「認められたい気持ちは悪くない。」「でも、それだけで走ると疲れるぞ。」「あと、汚い食べ方はやっぱりダメだ。」そう、人生の教訓というものは、案外そんなところに転がっている。哲学書ではなく、自己啓発本でもなく、小学校の給食のカレーめんの中に。
院長 岡崎伸一
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