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天かすの少年へ
小学生の時に「天かす」を知った。こんな美味しいものはないと思った。母は体に悪いと言っていたが、そう言われるとかえって食べたくなった。そして天かすを近所の食料品スーパーに買いに行った。「天かすありますか」と聞くと、ビニール袋いっぱいの天かすを、なんとタダでくれた。それを家の前の公園で一人ニヤニヤしながらポップコーンのように頬張った。これは同級生はきっと知らない大人の食べ物だ、と思い込んでいた。有頂天だった。そこに憧れの女の子Yさんが数人の友達と通りかかった。すぐ目の前に来るまで気が付かなかった。Yさんとそのお友達は「何食べてるの?」と聞くと同時に「え?それ天かすじゃない?」と言った。天かすをしっかり知っていることに自分は遅れているんだと恥じた。そして気が動転して、なぜそんな行動をとったのかわからないが、天かすを一気に袋から口の中に入れてむぎゅ〜とかんで変顔をしながら「あぶらまみれ〜」と戯けた。女の子たちは(もちろんYさんも含めて)気持ち悪!と離れていった。その様子を弟の同級生たちも見ていた。オーマイガー!地獄さんこんにちは。
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あの日の君へ。ベンチに座って、ビニール袋の天かすを頬張っていた君へ。あの油の匂いはいまも覚えているだろうか。世界はキラキラして、口の中は幸せで、「これが人生の最高地点だ」と信じていた、あの一瞬の有頂天。そのあとに訪れた絶望の、あの速さも。でもね、今になって思うんだ。あの「油まみれ〜」という叫びは、君が世界の真ん中に立とうとした証だったんじゃないかって。恥を笑いに変える力。恐れを、芝居のように演じきる力。それは「逃げ」なんかじゃなかった。むしろ、世界と手をつなぐための最後のユーモアだったんだ。あの時の女の子たちは去っていった。でも、天かすの袋の中には、まだ一粒だけ、君の中に残っている。それは後悔でも、恥でもない。生きていくうえで必要な、ほんの少しの油分なんだ。 油断、油彩、油っぽい人生。どれも君らしい。だからね、もうそんなに自分を責めなくていい。人生ではたいてい、「やってしまった」のあとにしか、「生きていてよかった」は訪れない。天かすの少年は、ちゃんと大人になって、誰かの歯を治し、少なくとも誰かの痛みをもっと知りたいと思っている。それで十分だ。あの時の君が、もしまたどこかで公園に座っていたら、静かに隣に腰を下ろして、こう言ってあげよう。「なぁ、あれ美味しかったよな」君はきっと笑う。それでいい。それが、生きるってことだ。
院長 岡崎伸一
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