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イケダ・スピン
歯学部時代、同級生にイケダという男がいた。鹿児島の有名進学校出身で、声が低く、オールバックが妙に似合っていた。話す言葉の一つひとつが、自分より2テンポくらい人生を進んでいる感じがして、どこか“選ばれし者”の空気をまとっていた。
彼は学生でありながら、ちょっとワルそうなトヨタ・クレスタに乗っていた。車高が低く、何かと低音が響いていた。その助手席には、いつも同じ彼女が乗っていた。髪の黒い、目元の涼しげな、黙っていればまるで女優のような彼女。
ある夕方、僕はその車の前を自転車で通り過ぎた。その瞬間、クレスタが急に動き出したかと思うと、急旋回。駐車場の端で、タイヤの悲鳴と共に、車体は美しくスピンした。
信じられないことに、それはまるで映画のワンシーンのようだった。だがもっと信じられなかったのは、その助手席の彼女の顔だ。驚くどころか――むしろ、笑っていた。
目元は涼しげなままで、ほんの少し口角が上がっていた。
「イケダのやつ、危ないことしやがって!スピンなんて……交通安全知らんのか!」 僕ははじめこそ憤った。が、同時に、自分の中に理解不能なある種の渇きを、足元がぐらつくような心の揺らぎを、自覚した。あんな風にスピンして、あんな風に微笑みで受け止められる関係性。彼女と彼が共有しているあの“何か”。
そう、それは僕の知らない世界だった。言葉にできないけど、確かに何かが違う領域で生きているようだった。「イケダ・スピン」。僕の中ではそれが、ある種の象徴になった。大人になる前の、ちょっと手が届きそうで届かない美学。理解はできないけど、羨ましくてたまらない関係性。危ういのに、何かが完成している感じ。
僕は絶対にそんなことはできないし、しない。でも結果として助手席のあの微笑も得られない。嗚呼、俺はどうしたらいいのだ!?その答えを求めて自転車で毎度お馴染みの古書店「痛快洞」に向かうのだった。何も答えなどみつからないのに。
院長 岡崎伸一
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