どうでもいいけど時々思い出す|新清洲駅の歯科・歯医者なら、岡崎歯科

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どうでもいいけど時々思い出す

とある内科の前を通るたびに、ふと思い出すことがある。小学生低学年の頃、母と自宅から少し離れた公園の参道を歩いていたとき、母がぽつりと言った。「昔、ここの先生と縁談があった。あのとき結婚していたらもっと裕福に暮らせた。」そして「ほんと、お父さんの甲斐性なしは話にならない。」私は瞬間、母の言葉を受け流そうとしたがし切れず、どうしようもない嘔吐のように言った。 

「そしたら僕いないじゃん」

母はその言葉に対して、何のリアクションもしなかった。
ほんの少し間を置いて、違う話題に移っただけだった。あれから随分と時間が経ち、母はもういない。大人になった私は、いま、夫として父として歯科医師として生きている。ふとしたときに思うのだ——あのときの“もし”は、どんな人生だったのだろうか、と。その医院の先生と結婚していたら、母はもっときれいな服を着て、もう少し広い家に住み、もしかしたら海外旅行にも行けたかもしれない。怒鳴ることのない穏やかな夫と、優秀でまじめな子どもに囲まれていたかもしれない。

その世界に私はいない。

いや、厳密には、“私ではない誰か”が、そこにいたかもしれない。似て非なるもうひとつの魂が、同じように母を「お母さん」と呼んでいたかもしれない。その家族は、きっと“正解”だったのかもしれない。少なくとも、母がときどき漏らしていた後悔の匂いからすれば、あちらの方が、彼女にとって望ましいものだったのかもしれない。しかし、それでも母はその縁談を選ばなかった。迷いがあったのか、愛はどうだったのか、それともただの気まぐれだったのか——理由はもう、誰にもわからない。ただ、事実として選ばれたのは、あるいはこぼれ落ちてきたのはこちらの人生だった。父と私と弟と、ささやかな食卓と、文句ばかり言っていた母の横顔。選ばれなかった家族は、どこかに幻のように存在している。静かな空想の中で、声も出さずにこちらを見ている。しかし私たちは、選ばれたこの人生の中で、こうして言葉を話し、呼吸をしている。それは、ただそれだけで、奇跡のようなことだ。あの日母に言った「そしたら僕いないじゃん」によってひょっとして母にとって心に負荷をかけてしまったかもしれない。それを確かめることはなかったが、そんなことはどどうでもいいのだ。家族としてのタフさや余りある愛情がしっかりとあったことは疑いようがなく、 “僕”であること、この奇跡を導いてくれた母の選択が、いまのこの日々を作っているのだから。

院長 岡崎伸一