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歯医者の本音⑥ 情報と本質
「ここにむし歯があります。」レントゲン写真と口腔内写真を見てもらいながら患者さんにそう告げるとき、その言葉はしばしば、驚きと疑念をともなって届きます。「えっ、痛くないですけど…」「自分では気づかなかったです」と。無理もありません。歯科の病気の多くは静かに進行し、自覚症状がないまま深く沈んでいくもの。だからこそ、診断の「情報」には慎重な扱いが求められます。
ここで、私は単に「むし歯がある」と伝えたいわけではありません。伝えたいのは、その虫歯の「意味」です。なぜそこにできたのか。どうしてその歯だったのか。なぜ今、進行したのか。それは甘いものの摂取頻度という理解しやすい話(とてもとても重要ですが)にとどまりません。噛み合わせのバランス、歯と歯の位置関係、力のかかり方――口の中は精緻な力学構造の一部であり、むし歯とはしばしば、その力の流れに狂いが生じた「結果」という側面もあります。
私たち歯科医師は、そこに至るまでの道筋を逆算し、点在する「情報」を拾い集め、それらを一本の「物語」として組み立てていく。それが治療計画であり、未来を変える選択肢を提示するための設計図だと考えています。
しかし、どれだけ丁寧に診断しても、それを患者さんが「腑に落ちる」かどうかは、また別の問題です。ここで最も問われるのが、私たちの「言葉」だということを強く自覚します。専門用語や構造的な説明は、たしかに正確かもしれない。しかし、その正確さが、患者の心に届くとは限らない。むしろ、情報の量が多いほど、患者さんは圧倒され、本質から遠ざかることすらある。かといって短絡的なアニミズム(「バイ菌が多いから虫歯になる、だから歯磨きが大事」など)に頼ることもまた本質から逸脱する危険があることも感じます。私は、言葉を選ぶときに考えます。「この方の生活に、この歯の話がどう結びつくか」「この方が不安に思っていることは何か」「この方の口にとって、今日私が伝えたい本質は何か」。それは、言葉を発する行為というより、「一緒に見つめる」作業に近いと言えます。情報を一方的に伝えるのではなく、情報の奥にある構造――その人の噛み方の癖や、知らぬ間に生じた無理な力の偏り――を、対話を通じて共有し、本質をともに見出していきたいのです。
私が長年診療して思うのは、「むし歯を治す」ことよりも、「なぜそれが起きたかを共有し、納得してもらう」ことのほうが、遥かに重要であるということです。なぜならそれは、次の予防へとつながり、その人の未来の歯を守る第一歩になるからです。
ここでの本質とは、痛みのない今を守るために、痛みのないうちから想像力を働かせること。情報とは、その入り口に過ぎず、情報を伝えるだけでなく、本質に一緒にたどり着ける歯科医師でありたいと、私は今日も言葉を探しているのです。
院長 岡崎伸一
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