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明日なき7歳
7歳時は本当に多くの学びがあった。小2の時にギョウ虫検査で引っ掛かり、ホームルームで担任の先生に「オカザキだけ引っかかったぞ〜」と公表された。現在では考えられないことだが昭和52年はそうだった。その後はクソムシおっかん(私はおっかんと呼ばれていた)となった。同じ年に校庭で上級生とぶつかって失禁したこともあってく間抜けさとやらかし具合ではほぼ独占的な存在だった。7歳がそうしたことを面白さに転じる能力を持つはずがない。明日に怯え、誰もが敵に見え、一方でギョウ虫の結果を晒した担任の先生に対していつか〇〇してやると誓う、どこか狂気の7歳だった。どうせ僕なんて長く生きられないし、お尻に虫を飼っていてバイキンまみれだし、足も遅いし、もう、やけのやんぱち。それでもコロッケを食べたいと願ったし、揚げパンに魅せられたりしてそのあたりはやはり7歳だった。土地柄かそんな7歳はカツアゲにあった。いや、正確にはカツアゲではない。誰かを殴りたいだけの上級生が、偶然そこにいた、というだけの話だ。唐突に「なんかムカつく」と言われ、なされるがままに殴られた。水田に倒されてぐちゃぐちゃになり、殴り終わった上級生は「スッキリした〜」と言った。その一言で、この世の構造が説明された気がした。この世に希望など無い。助けてくれる者など誰もいない。不条理は時を決めず、定期便のようにやって来る。世界とはそういうものだ、と私は泥水を啜りながら静かに理解していった。それでも、放課後の道端で揚げパンの甘い匂いがすると、胸がキュンとした。生きることを諦めきれない、ちっぽけな生理がそこにはあった。不条理の世界と、揚げパンの甘さ。そのあいだを、フラフラと行き来していた。復讐、ということについて深く考えたのもこの7歳時だった。あの殴ってきた上級生に決定的なダメージを与えることを一人画策したが、破滅に向かうことなく道を進んで行けたのはギョウ虫も失禁も関係なく一緒にいた数名の友達がいたからに他ならなかった。彼らと、放課後はよくビー玉をした。地面に描いた丸い枠の中で、光を吸ったガラス球が転がるたび、世界のどす黒さが少しだけ薄まる気がした。そして気づけば、その友達もまた別の上級生にやられていた。誰もがそれぞれの形で傷を負っていた。仲間の一人の母親が、ある日私の家に来て、泣きながら母に言ったことを覚えている。「いつまでも、この子のお友達でいてね…お願いね…」私はそれを台所の奥で聞いていた。なぜ泣くのかはよくわからなかった。しかし、世の中には“ただ一緒にいるだけで誰かを支える”という奇妙な仕組みがあるらしい、ということだけは、その時うっすら理解した。その友達のお母さんはその後、理由はわからないがこの街から居なくなった。その友達と一緒にいる、ただそれしかできない不完全さを感じながら日々を過ごした。殴られたり、泣かれたり、虫が出たり、泥水を飲んだり、別れたり、複雑な人間模様が、子どもの世界にも網の目のように広がっていた。その網の隙間を、落ちたり引っかかったりしながらも、どうにか通り抜けてきた。そして今になって思う。あの時の経験が、どんな形であれ、私の中のどこかでまだ活きている。不条理の世界と、ただ一緒にいるということの底力。その両方をじわじわ感じていた7歳当時が、今の私のどこかに、潜んでいる。
院長 岡崎伸一
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