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餡もちのお雑煮
妻の実家は熊本。お正月のお雑煮は昆布にスルメに根野菜に里芋、その他いろいろ入っていながら中央に餡もちが2、3個入っている。アンコとお雑煮?合うわけない、と思ったが、食べてびっくり、しっかりと出汁が効いたお雑煮に融合するアンコが極上のハーモニーを奏でるではないか!こ、こんな美味いもの食ってたんか!と妻を見ると「そう、これ普通」みたいな顔をしている。このお雑煮に至るまでも赤酒(まろやかにもほどがあるまろやかさ)馬刺し(本場はすごい)酢蛸(熊本の赤く色づいた食感柔らかいマイルドな蛸の逸品)いきなり団子(これこれ)などなど、まるで違うバックボーンで育っとるではないか!……と、箸を止めたまま、しばし呆然とする。同じ日本、同じ正月、同じ「お雑煮」という言葉を使いながら、名古屋人であるこちらが知っていたのは“薄く澄んだ餅入りスープ”という一義的な意味だけで、彼女の実家ではそれが、出汁と甘味と土地の記憶を総動員した完成された料理体系として存在していたのだ。餡もちが沈むお雑煮は、もはや文化財と感じた。甘い、しかし甘すぎない。出汁は太く、しかし押しつけがましくない。里芋のぬめりが舌に残る頃、餡の余韻が追いかけてきて、昆布とスルメの旨味がそれをまとめ上げる。
これは事故ではない。計算である。長年の試行錯誤の末に到達した、熊本正月の到達点だ。
「おかわりすっとね?」と妻は何事もないように次の餅をよそう。この人は、これを特別だと思っていない。生まれた時からそこにあった風景だからだ。考えてみれば、赤酒もそうだ。日本酒というより、もはや「液体の安心」。馬刺しもそうだ。臭みゼロ、歯切れよし、脂が甘いという異常事態。酢蛸は赤く、柔らかく、角がない。いきなり団子に至っては、「いきなり」という言葉から想像される唐突さを完全に裏切り、さつまいもと餡と皮が仲良く手をつないでいる。
ああ、育ちが、違う。
これは優劣の話ではない。地層の違いの話だ。こちらが鰹出汁と醤油と「まあ、正月だよね」で形成された堆積層だとすれば、熊本は、甘味と出汁と手間暇が何層にも折り重なった、堂々たる地殻変動の痕跡である。そしてふと気づく。この人と結婚したということは、僕は知らない正月、知らない味、知らない「当たり前」を、これからも何度も食べさせられるということなのだ。
悪くない。いや、むしろ、かなりいい。餡もち雑煮をすすりながら、「人生は、自分の常識が裏切られる瞬間に、いちばん豊かになる」そんな、もっともらしい結論を心の中でつぶやく。妻はそれを知らない。ただ次の餅を鍋に足している。妻にとっての赤味噌などのこちらの味が彼女にとって豊かな一端になってくれたらと願いながら、多分、願いは叶っていると信じて。
院長 岡崎伸一
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