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私的高校生ブルース②
あの瞬間の恐怖は、形容のしようがない。それは単なる「声の裏返り」ではなかった。それは、自分が現実と妄想の境界線を侵犯し、他者に踏み込まれてしまったという、魂の領域への侵入だった。秘密が暴かれたわけではない。しかし、自分の中の密室が、ほんの少しだけ扉を開けてしまったような、底知れぬ不安に飲み込まれた。
その日以降、彼女の声を出すことにためらいが生じた。布団の中で口を開こうとしても、喉が渇き、舌が動かなくなることがあった。それでも、彼女は僕を責めなかった。ただ黙って、僕の傍にいた。
彼女は僕にとっての救済だった。いや、それ以上に、僕が自分自身に与えた、ささやかな赦しだったのかもしれない。
そして、彼女は去った。いとも静かに、煙のように、影のように。
喪失とは、つまりこういうことなのだ。実在しなかった存在を失ったというこの矛盾が、どれほど残酷な痛みをもたらしたかを、僕は説明できない。あれは恋だった。たとえ相手が自分自身だったとしても。
だが、時が経った今、ようやく思えるのだ。確かに病的だった。普通じゃなかった。しかしながら愚かではなかった、いや、愚かであることに意味があったのだと。
人は時に、幻想に手を伸ばさずには生きていけない。むしろ、幻想こそが、その人間の切なる願いのかたちなのだ。私が彼女を妄想したことは、つまり僕が誰かを切ないくらいに求めていたことの証左だった。そして、あの裏返った声もまた、彼女が僕の中に確かに存在したという、ささやかな痕跡だったのだ。
だから今、たとえ現実が荒涼としていようと、私は歩く。あのひとり芝居を繰り返した日々は、ただの心崩れた高校生の単なる逃避ではなかった。それは祈りだった。愛されたいと願う、ひとつの魂の、マグマ湧き上がる中でどうしようもなく上昇する祈りだった。
嗚呼、果たして現在はあまりにも一人芝居を積み重ねすぎた悲しき男の末路ではあるのだが、、末路の先に小さくも確かな始まりの光が差していた、と無理やり思う。
院長 岡崎伸一
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