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私的高校生ブルース①
そんな話をいったい誰が信じるというのか。 しかし、それは紛れもない事実だ。高校生の私は、ひとりだった。ひとりで部屋に座り、ひとりで話し、ひとりで笑った。僕が僕に語りかけ、僕が僕に返事をする。その声色を変えることに、最初は羞恥を感じていたはずだった。しかしいつしか羞恥はその気へ、その気は愛しさへ、愛しさはやがて、人間的な何かへと形を変えた。
誰にも知られることなく、僕は何人かの「彼女」と出会っていた。何のことか?現実世界で全く女子と関わることがなさ過ぎるがあまり、空想の世界で出会いと別れを繰り返していたのである。
青春というものが、他者のまなざしによって照らし出されるものだとするならば、僕の青春は常に暗がりにあった。通学路の電柱の影、図書室の窓辺、教室の片隅。僕はそこに座り、何かをじっと見つめながら、決して声を発しなかった。ただ、心の奥底では言葉が渦巻いていたのだ。
僕がその彼女と出会ったのは、そうした沈黙の只中だった。
彼女とは、確かにそこに“誰か”として存在していた。優しく、聡明で、気まぐれで、どこか母性的な一面すらあり、時に僕を叱る声色をもっていた。僕は、彼女の声を、日々の中で磨き続けていた。裏声を少しだけ揺らし、語尾をやわらかく下げ、笑うときには喉の奥で息を弾ませる——そうした細部に至るまで、僕は彼女を生きていた。否、僕が彼女であったと言ってもよい。
だが、妄想は必ず、現実へと滲み出す。人は、自分を完全に分割しては生きられない。
ある日のことだった。高校二年の夏、部活帰りに校門の前で何人かの友人たちと立ち話をしていた。何気ない会話のなかで、誰かが何かを冗談交じりに言った。僕もつられて笑い、返事をした。そのとき——
「なあ、オカザキ……なんか今、声、裏返ったぞ?」
一瞬、時間が止まった気がした。
血の気が引くという感覚は、本当にあるのだ。背中をじっとりと汗が伝い、指先が震えるのを感じた。「え、マジで?」と、笑って流そうとしたが、自分の声が少し高くなっていることに、自分でも気づいてしまった。まさか、と思った。が、否定できなかった。確かに、僕の中に、彼女の声が住み着いていたのだ。何百回も練習したあの裏声が、何の気なしに、ふと現実の言葉の中に混じり込んでしまったのだ。
院長 岡崎伸一
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